堀尾吉晴邸趾

堀尾吉晴邸趾

堀尾氏邸宅跡〜堀尾吉晴公生誕の地・「裁断橋物語」堀尾金助とその母ゆかりの地〜

 現在の八剱社一帯は戦国時代、堀尾吉晴をはじめとした堀尾氏累代の邸宅跡があったと伝えられています。現在は境内の一角に石碑類が建っており、その南側に広がる田園風景は当時の景観を偲ぶことができます。境内南側にある堀は、当時の居館があった名残であると考えられています。 平成21年には、八剱社より西へ100mの場所で、県道建設に伴う事前の発掘調査が愛知県教育委員会によって実施されました。その結果、東西に流れる五条川と並行するように、戦国時代に比定される幅約5mの大溝(堀)と幅約2mの区画溝が確認されました。大溝(堀)と五条川の間約60mの範囲内には、同じく戦国時代に比定される掘建柱建物跡群や柵列と思われる柱穴跡が多数検出されました。以上の成果から、堀尾吉晴がこの地で生まれ、生活していた痕跡を垣間見ることができます。saidanbashi
堀尾吉晴公解説図

更新日 2018年3月1日

大口町出身の武将、「松江開府の祖」堀尾吉晴公

松江城
  大口町から直線距離で西へ約350kmにある島根県松江市は、島根県の県庁所在地であり、山陰地方の中で人口が一番多い中心都市です。松江市は、今から約400年前の江戸時代に松江城と城下町がつくられ、市内の産業や文化は、城下町を中心に発展しました。松江城は別名『千鳥城』とも呼ばれ、天守は現存十二天守の一つに数えられています。 平成27年7月8日、国宝に指定され た松江城天守も含め、松江城と城下町を築いた武将こそ、大口町出身の堀尾吉晴だったのです。 吉晴は、天文12年(1543)、堀尾泰晴の長男として、尾張国丹羽郡御供所村(現在の大口町堀尾跡地内)に生まれました。幼名を仁王丸、その後小太郎と称し、元服してからは茂助と改めました。16歳の時、戦で敵の首を討ち取り、人々はその豪勇さに驚いたと言われています。諸書の伝える岩倉城跡(岩倉市)ところによれば、吉晴は容貌端正で性格は温厚であったため「仏の茂助」と呼ばれる反面、一度戦場に立てば、「鬼の茂助」と云われるように、勇敢に戦う武勇に優れた人物だったそうです。 元服後は、父泰晴とともに岩倉城(現在の岩倉市)の織田信安に仕えていましたが、織田信長が尾張統一の過程で岩倉城を攻め落とされると、牢人(浪人)となってしまいます。その後、のちの豊臣秀吉に仕え、数々の武功を重ねていき、信長の死後も、天下統一へと進んだ秀吉の下、重要な戦いにはほとんどに参戦しました。吉晴の居城も、黒井城(兵庫県)からはじまり点々と移っていき、天正18年(1590)年の小田原の戦い後は、遠江国浜松12万石を任せられるようになりました。秀吉の天下統一後は、五大老と五奉行の間を調整する三中老の一人となり、秀吉の信頼が大変厚かったことがわかります。特に秀吉の死後、徳川家康と前田利家・石田三成が対立した際は、仲裁役として働き和解へと導きました。このことによって、家康の信頼も得るようになります。それから吉晴は次第に徳川方へと傾き、慶長5年(1600)の関ヶ原の戦いでは、徳川方として出陣することとなります。しかし、吉晴 月山富田城跡(島根県安来市)は、直前で三河国池鯉鮒(現在の知立市)において起こった刃傷事件により重傷を負ってしまい、関ヶ原の戦いには息子の忠氏が出陣し、吉晴は参陣できませんでした。 関ヶ原の戦いでの忠氏の戦功により、堀尾氏は出雲・隠岐両国24万石を与えられ、月山富田城(島根県安来市)に入ります。しかし吉晴と忠氏は、月山富田城の構造や立地が新たな時代に適していないと考え、城下が広く取れ、水運にも便利な城下町を建設できる今の松江に着目し、城を移すことに決めたのです。慶長8年(1603)、幕府の許可をとり、2人は新たな城の築城と城下町の建設という壮大な事業に着手します。吉晴と忠氏は、新たな城の候補地選定で意見の食い違いがありましたが、忠氏が28歳の若さで急逝してしまいます。世継ぎである忠晴はまだ6歳だったため、吉晴は忠氏の遺志を継ぎ、城と城下町巖倉寺にある堀尾吉晴墓(島根県安来市)の築城に邁進します。築城の候補地も忠氏の主張していた亀田山に築城を決めました。慶長12年(1607)、吉晴は松江城築城と城下町の整備を始めます。着工から5年目の慶長16年(1611)、 江城と城下町の整備が完了しました。しかし、吉晴は同年にこの世を去ってしまいます。亡骸は遺言により、月山富田城の麓にある巖倉寺(島根県安来市)に葬られました。
志半ばでこの世を去った息子、忠氏の遺志を継ぎ、松江におけるまちづくりの礎を築いた吉晴。松江市では吉晴のことを「松江開府の祖」と称し、大口町と同じように郷土の偉人として顕彰されています。松江城大手前広場にある堀尾吉晴公像


堀尾吉晴公についての解説(PDF1015KB)   (このページがPDFファイルでご覧いただけます。)


更新日 2016年2月5日

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更新日 2016年2月5日